カワガラスの釧路川日記Ⅱ

釧路湿原周辺の毎日を書いています。

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hige

Author:hige
釧路湿原、釧路川カヌー、写真撮影やらなんやら萬ガイドを生業にしております・・・日々の諸々をブログに書き留めております・・・お暇つぶしにでもどうぞ・・・。
明るくのんびりがモットーなんですが・・・のんびりしすぎるの声もあり・・・。

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海の記憶・・・・

田舎は九州のちいさな漁師町・・・町というより小さな集落だ・・・目の前に砂州で繋がるいくつかの小島を望み
背後には石垣で作られた小さな畑が、山頂近くまで作られていた・・・残念ながら、その畑のあった山は今では蔦や竹が密生する荒れ山になっているようだ。

物心ついた頃、親父は小さな伝馬船を一艘持っていて、それで漁をやっていた・・・小学生の頃だったか小さなホンダ製の船外機を買った・・・ある夏の夜その船外機のついた伝馬船に親父と兄貴と・・・誰だったか忘れてしまったが、マサオジサンだったか・・・?・・の4人で鯛釣りの餌にする小エビを取りに岬を一つ越した干拓地の水路まで出かけた記憶がある・・・それよりも古い海の記憶になると親父の首に掴まって泳いだ記憶が一番古い記憶かもしれない。

多分平泳ぎだったのだろう、抜き手を伸ばすと親父の身体が沈み自分の身体と親父の身体がすっと離れる・・多分、必死の思いで掴まっていたのだろう・・・いまだにそのときの背中と水の感覚を忘れないでいる。
その後で、まだまだ若かった母が笑っていた記憶も鮮明に残っているから、幼かった子供には、よほどの出来事だったんだろうと思う・・・。


                       osm_convert_20100824185343.jpg


                       wre_convert_20100824185444.jpg


           写真は、いずれも北海道の写真です・・・。
comments(28)|trackback(0)||2010-08-24_18:04|page top

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野間岬
 風の強い男らしい海でした。
海の思い出
横浜・東京でのクルーズの思い出しかないですが、プールでパチャパチャしたのは、よく覚えています。やはり、両親と一緒にはしゃいだ頃が一番ですね。
竹の群生地にしてしまったら、山は崩れてしまいますね。外来種と同じように、早目の対策が必要かと思います。
No title
Blue Holicさん おばんです。

もうお酒飲んでるでしょう・・・・?。笑)

風の岬で難破じゃなかった・・・軟派したのだぁれだ・・・。笑)
No title
りょうこさん おばんです。

そうそう・・・りょうこさんの両親は人の何倍も愛情深い・・・。笑)

どこもそうでしょうが、地方へ行けば行くほど過疎化の波は留まることをしりません・・・畑を作ろうにも作れる若い人がいないのです・・・人が居なくなれば、行政も目がいかなくなるのです。
No title
ひげ様、お晩です。
生まれながらにして船乗りだったのですね。
昔のヒトは結構平気で子供を沖まで連れて行ったものです。泳力に自信があったからできたことでしょう。
今だったらそんな危ないコトするとお母さんが真っ青になってしまいますね。
私も子供のころに父の背中につかまってはるか沖まで連れて行かれたことがありましたが恐くて半泣き、恐怖のクルージング体験?
道東の夏の海、霧に覆われていてかなり涼しそうです。
切立った崖もなんともいい感じですね。
No title
ひげさん なつかしく故郷を思い出しましたか。
霧がなければ断崖絶壁我が故郷ですね。北海道も似たもんじゃつ?
こんにちは
われもこうさんのところは九州の話題、ひげさんのコメントがあって、
こちらに着てみれば、こちらも九州でしたね。

九州は仕事で、客先に直行、毎日朝早くから、夜遅くまで仕事・・・
そして直帰・・・

行ってみたいですが、無理かな・・・
有名でなくても、

有名なところでなくても、ひげさんの故郷のようなところに、
本当の九州らしさがあるのかもしれません。
今夜は芋焼酎でも呑んでみるか・・・
父の背中
子供は父親の背中をみて育つとか申しますが、このようにひげさんは幼少の頃育ったのですね。

いつまでも夏休みの記憶とか残ってますが、水の中は摑まっていてもツルッと滑るのでトラウマのように怖くなったようです。

私だけ浮かない人間なんだと決め込んでました プッ^m^
へえー
南の海から北の大地へ。
ドラマチックじゃあ。
お父さんも船の男だったんですね。
いいお話です。

若かった頃の母の笑顔、うちの息子は覚えてないだろうなー、聞いてみよう。
No title
orangeさん おばんです。

中学生の頃は、朝から晩まで海にいましたね・・・・。

親はよく文句をいわなかったものだと思います・・・。笑)

No title
阿多の海さん おばんです。

似たような景色でしょう・・・海の色が少し違いますけどね・・・。笑)
No title
オコジョさん おばんです。

何故か海がある所に澄んでしまいましたね・・・山も好きなんですが、海が無いのは寂しいです。笑)

芋焼酎は、昔は嫌いでしたが、今はそれしか飲めません・・・。笑)
No title
boumamaさん おばんです。

子供の頃のトラウマは・・・・おっちゃんも残っているかもしれませんね・・・一番心配だったトラウマをこの歳になって、漸く乗り越えました・・・。笑)
No title
ririさん おばんです。

息子さん きっと覚えていますよ・・・。
母や父の笑っている顔を忘れる子供はいません。
郷愁!
情景が目に浮かびます。
子どもの時があったんだ!(笑)
こんばんわ(^^)
アタシの子供の頃の海の想い出は“蚊帳”です。
毎年、家族で民宿に泊っての海水浴をしてました。
そこで蚊帳の中で寝るのがとっても楽しかったです(^◇^)
ひげサンの記事を読んで、また蚊帳の中で眠りたいなぁ~って思いました(^^)
こんばんは♪
お久し振りです♪
漁師の友人から聞いた話を思い出しました。
漁師の子供たちが泳ぎを覚えるのは、陸から海へ泳ぐのではなく船の上から突き落とされ泳ぐ練習をさせられるという話でした(笑)

ひげさんもそうやって泳ぎの上達をされたのでしょうね^^
子どもの海
男の子らしい思い出、懐かしいでしょうね。お父さんの広い背中,頼もしかったことでしょう。
水の怖さを知っているからこそ、その道にすすめるのかもしれません。
私の子供時代の海の思い出は,残念ながら鹿児島ではなくて、熱海あたりかな~~チャポチャポと安全なところで・・・未だにこの安全志向は変わらないです。
相方は,海なし県育ちで,中学生の時に手作りイカダでかなり下流まで流されたことを、親に言ったことはないそうです(笑;)ちなみに,前にカヤック体験をスポーツといいましたが、競技ではなく,彼の場合は,完全に遊びと趣味の世界です。プラス仕事かな(汗;)・・Fというメーカーのを扱っています。
No title
bako様 おはようございます。

ありましたとも・・・今もマックロケですが、幼少時のあだ名はフィリピンだった・・・。笑)
No title
tacacoさん おはようございます。

まだ泳げない頃のおっちゃんの海は蚊帳でした・・・緑色の海に見立てた蚊帳で泳いでおりましたが・・・。笑)

No title
るおやんさん おはようございます。

泳ぎを覚えたのも・・・きっとこれと同じ時期だったのでしょう・・・背の立たぬところまで手を引かれ、そこでアップアップとした記憶が・・・あの手も親父の手だったんでしょう・・・われは水の子親父の子ですかね・・・。笑)
No title
われもこうさん おはようございます。

F社国産・・・?・・・でしょうか・・・?。
それとも羽根の工房社でしょうか・・・?。笑

いいお仕事ですね・・・。

最近、やっとですが、昔のガツガツした漕ぎからのんびりした漕ぎに変わってきましたが、年取ったということか・・・・。笑)
一寸遅くなって
 石炭列車くらいから見た テレビ放送です。
 小島のある美しい浜での思い出 真剣に泳ぎを教えてくれたときでしょうか。
 懐かしく 甘い思い出ですね。
 ここらへんの山寺をたずねても 荒れた棚田がいっぱいです。昔は一粒でも多く 
 いまは生産調整。がんばってお米食べています 今年のなりは どうでしょうか。
No title
小紋さん おばんです。

この記事を読んだ妹から電話が有りました。笑)

私の身に何かあったんじゃないかと・・・。笑)

これからこんな記事はなるべく書かないようにいたしましょ・・・。笑)

九州の御米、今美味しくいただいております。
おばんでございます!
のどかな港の光景。
ひげさんの「一代記」・・・面白そうですね~。
還暦を過ぎた私も負けてないけど(苦笑)・・・。
No title
おばちまさん おばんです。

28日の川下り、奇跡のような川下りでした・・・こんな川下りをおばちまさんにも見てもらいたいな・・・。
Moin!
ひげさんの原点を見るような記事ですねっ、、
こちらも先祖は海の漁師ですのでなぜか郷愁を覚えます。
でもこういう体験をしていないのが残念です。

私の手元にある1920年代に数名のドイツ人が日本のあちこちで撮った写真集が
あるのですが、北海道の中にこの岬によく似たものがあります。
そして鹿児島の海辺の小さな町の様子の写真もあるんですよ~・・・
きっと今ひげさんが撮られてる写真も貴重な資料となるような気がします。
No title
ヘルブラウさん おはようございます。

田舎は鹿児島の笠沙といいます・・・・1920年代は、どんな田舎だったのか・・・50年代の記憶は朧に残っているのですが・・・。
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